パッティングの開眼・自分に合った方法
(2002/8/6〜7)



パッティングの開眼

 日本で一、二を争うぐらい書き込みが少なかった私の掲示板に、最近、相次いでお客様がおいでになってくださっている。しかも、美人で聡明(に違いない)「おけいはんが相次いで!素晴らしい事である。あまりの嬉しさにサマージャンボ宝くじを○万円も買ってしまった私は変ですか?変ですね、はい。

 時間つぶしのパターゴルフというゴルフ歴を持たれる、かぼちゃんさん、毎日暑いですがサボテンは大丈夫ですか?・・・あ、サボテンはもともと暑さに強いんですよね。またサボテン君たちの事も書いてくださいね!

 OPIさん、花火大会のレポート、浴衣の着付けだらだら、自動車&自転車紛失事件、再デビュー、そして・・・山済みとなった問題の続き、是非また書き込みして下さい。楽しみにお待ちしております。

 さて、本題である。久しぶりに技術的な事を書こう。例によって、役に立たない、いや逆に真似をしたりするとかえって自分のごるふが無茶苦茶になるかもしれないと云う危険極まりない話であるから、賢明な読者は3歩離れて影を踏まないように気をつけていただきたい。

 前回のラウンドでは33パット、3パットが1回と私としてはまずまずだった。と云うのも、7月18日に私はついにパッティングの開眼を果たしたからである。その時の日記に、私はヒントとして「慣れた方法」と書いた。これはどういう意味か?

 本格的にスコアアップを目指すようになり、スコアの要(かなめ)はパッティングであると悟ってから、私はありとあらゆるパッティングスタイルやグリップを模索してきた。その数は少なく見積もっても2個はくだらない。パッティングの練習も毎日欠かさず行い(2週間で止めてしまったが)、さらにパターまで替えた。しかし、これと云う成果は出なかった。何度か開眼したつもりでも次のラウンドでは閉眼していたし、というより開眼による上達よりも日替わりの好不調の波のほうが高いので開眼が全く目立たないと云っても良いだろう。

 7月18日、いつもに増して酷いパットが続き、何度目かの3パットで私の大脳辺縁系はセルフシールド機能が働いたらしい(つまり、もうパットについて考えるのが面倒になり、投げやりになったのだ)。そして、次のホール。グリーン上には、技術論のすべてを忘れ本能の赴くままにパッティングする私がいた。そして打たれたボールは、何故か思いどおりの強さで思う方向に転がり、10mはあろうかと云うその道筋を脇目もふらず進み、そしてカップインの音を高らかに鳴り響かせたのだった。

 これを偶然と呼ぶのはたやすい。100人のごるふぁーに聞けば99人は「単なる偶然だ」と答えるだろう(残りの1人は「自転車をどこへ置いたのかわからない」と答えるだろう)。しかし、ふと我に返って自分のパッティングスタイルを客観的に振りかえったとき、そこには体を極端にかがめ、振り子式パッティングとはかけ離れた、格好悪い、しかし本来のスタイルでパッティングしている私がいた。そこで、私は改めて開眼したのだ。

 そうかそうだったのかスタイルにこだわり格好にこだわりすぎて気持ちよく自分らしくパッティングしてこなかったのかそしてそれがげんいんだったのか。思えばごるふを始めた時からジャックニクラウスにあこがれ彼のパッティングスタイルをまねて練習していたではないかそうそしてそのころはパッティングに悩んだことなどなかったではないか。

 例によってまた来週あたりには「パットがボロボロ」と書きそうな気もするが今日のところはこの辺で堪忍してやろう。パッティングは自分の一番気持ちの良い、慣れたスタイルで打つべし。

自分に合った方法


 昨日の話を裏付ける心強い味方として、こんなエピソードを紹介しよう。

 先週のラウンドでご一緒させていただいたのは、自営業のOさん。前半のハーフを38で回られた、片手シングルクラスの腕前のOさんは、上級者にありがちな尊大な態度や自慢を微塵も感じさせない、非常に素晴らしい人格者であった。そのOさんと、昼食時、アプローチとパットについていろいろと話をしていた所、興味深い体験談を話してくださったのだ。Oさんは以下のように語った。

 「私は、アプローチはもともと好きで得意でもあり、練習や苦労をした事がありませんでした。自分で言うのも何ですが、エッジからだと高い確率でOKの位置まで寄せる自信があります(編者注:本当にそのとおりで、ハーフ9ホールでは殆どのアプローチを1m以内に寄せておられた)」

 「しかし、5mの長さを超えるパットは全然ダメでした。それこそ2mショートしたり3mオーバーしたりと、距離感が全然わからなかったのです。グリーンの端に乗るぐらいだったらエッジからアプローチをした方が確実に少ないストロークで上がれました。そういう状態でしたから、当然3パットは当たり前のようにたくさん出ていました」

 「もちろん、それではいけないと思い、色々と研究や努力をしましたよ。振り子式パッティングをマスターしようとしたり、パターを変えたり・・・。しかし、それでも一向に距離感を出すコツはつかめませんでした」

 「でも、これはごく最近のことなのですが、ふと思ったのです。『ロングパットを、得意なアプローチを打つようにストロークしてみたらどうだろうか?』と。そうすると、これが見事に上手く行きました。今までの苦労が嘘のように、ロングパットがぴたぴたとカップに寄ってくれるようになったのです。まさにアプローチと同じぐらいの確率で。この事に気づいてから、3パットは殆どしなくなりました」

 「パッティングについては、自分の打ちやすい方法というのが一番正しい方法なんですねえ」

 
 大変ためになる話である。目の前で見事な寄せとパッティングを披露していただいた上での話であるから、ものすごい説得力である。昨日の日記に書いたとおり、「格好を気にせず、自分が一番打ちやすいスタイルで打つ」という開眼をした直後に聞いた話だけに、これは天啓と言っても良いだろう。がちょ〜ん。(それは谷啓だ!)

 結論:「パットは理屈ではない。感性であり、芸術である」だから、練習なんてしなくても・・・(それはちょっと違うと思うぞ>俺!)


編者注:開眼した。いい感じの転がりで打てるようにもなった。
それでも、パット数が全然変わらないのは何故ですか?