序章
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歴史とは、過去の遺物を指すものではない
我々を我々たらしめている大地である |
伝統とは、過ぎ去った人たちものではない
我々が、あとの世代に受け継ぐ精神である |
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格式とは、堅苦しい形式主義を指すものではない
しかるべき場所に、自然に備わるものである |
101年前
我々と同じ気持ちを持つ人たちがいた
我々の血液の中に
彼らの息吹が今も生き続けている |
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golfが我々に教えてくれること
それは人生の全てのこと |
golfをプレーするということ
それは歩き、思考し、
自分の内なる声に耳を傾けること |
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そして、自然を感じること |
いくつで上がったか、パーがいくつ取れたか
そんな事を考えるのがばかばかしくなる |
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golfの原点が、確かにここにはある |
我々は、ただ球を打ち、ただ歩く
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第一章 興奮から感動へ
仕事の都合で遅くなり、前の日布団に入ったのが午前2時半。しかし、普段でもラウンドの前日は寝られないのに、今回はあの神戸ゴルフ倶楽部である。もう嬉しくてワクワクして、とても寝られる状態ではない。結局、うとうとしだしたのは4時頃だろうか。そして起床は5時半。
私の住んでいるところから神戸ゴルフ倶楽部のある六甲山頂までは1時間30分。しかし、一度大阪市内方面に向かわなければならないため、時間の予測が立てられない。スタートは9時頃という話だったが、8時頃に到着する予定で、念のため6時に家を出る。途中、多少の渋滞はあったが何とか時間通り到着した。

まるで公民館のような佇まいである
駐車場で0谷さんと合流し、ついに「日本のゴルフの歴史そのもの」と言っても過言ではないクラブハウスへ。私は、小学生の時に生まれて初めてコースへ行った時以上に興奮していた。そして一歩足を踏み入れた瞬間、その興奮は感動に変わった。

この半間の空間が入り口なのである
何の変哲もない、村役場のようなクラブハウス。質素で狭い受付。それなのにこれだけ感動するのは、「ここから日本のゴルフが始まったという重み」を感じたからか。私が今後、この時と同等の感動を味わう為には、セントアンドリュース・オールドコースのスタートホールに立つぐらいのことをしないと無理だろうな、と思ったぐらいである。

右手が受け付け。左奥はそのままロッカー室につながる
従業員の方たちは、私のようなビジターの若造に対し、素晴らしい笑顔と優しい目で迎えて下さった。ビジネス・スマイルではない、「お客さん」として受け入れてくれた表情である。緊張していた気持ちが一気にほぐれる。
「スタートはいつでも結構ですよ。もしよろしければ、奥でお茶でも飲んでゆっくりされてはいかがですか?」と支配人(?)の方が声を掛けてくれた。そう、ここにはスタート時間は存在しない。メンバーの人は、ふらっと現れ、思い思いの時間にスタートしていくのだ。六甲山頂は平野部より5度〜10度ぐらい気温が低く、つまり避暑地であり、9月になればもうオフシーズンで人通りもまばらになる。エントリーも少ない。この日で、20人ぐらいだったろうか。
せっかくなので食堂へ移動する。受付を左手に見て、奥へ進んでいくとまずは歓談室である。広さは小学校の教室ぐらい。下の写真のような椅子とテーブルが数セット。木枠の窓を通して朝日が差し込む様が懐かしい。

歓談室。右の窓の外が18番ホールのグリーン
年季の入った床や建具の一つ一つが歴史を感じさせる。陳腐な表現だがそうとしか書きようがないのだ。ヨーロッパの古城や歴史的建物を見て、その存在感に圧倒される感じに似ているような気がする(行ったことないけど)。

日本一古いチャンピオンボード
歓談室を抜け、奥の食堂へ。ここは歓談室よりだいぶ広い。それでも、歓談室と同じような椅子とテーブルが12組程度だろうか。天井が高く、心地よい空間だ。女給さん(断じてウェイトレスではない)に記念撮影を頼むと、快く撮って下さった。

右端が今回誘って下さったO谷さんである。感謝感激なのである。
ここで女給さんに面白い話を聞いた。ここの集まりは、もともとはA.H.グルーム氏の奥さんたちの歓談の会として発足したらしい。それが1900年か1901年。その後の1903年に、グルーム氏を中心に4ホールのゴルフコースを造って、ゴルフ倶楽部となったらしい。そう言われれば、残っている写真には女性が写っているものが多い。いつの世も女性は強し、という思いを新たにした編者であった。
「ラウンドせずに、このまま1日中ここに居ても十分満足ですね」などと喋りながら、我々はスタート前の至福の時を過ごしたのであった。
第2章 地上の楽園
さて、いよいよスタートだ。
ここでは学生のキャディが担ぎで付いてくれる。従って、持っていけるクラブは10本だけで、その10本を専用のキャディバッグに入れ替えてラウンドするのだ。私はウッド3本と4アイアンを残し、5アイアン以上でラウンドする事にした(後に激しく後悔することになるのだが)。
ちなみに神戸ゴルフ倶楽部はアウトが30、インが31のパー61のコースで、パー5はなく、7個のパー4と11個のパー3からなる。最も多いのが190ヤード前後のパー3である。今回はアイアンだけでラウンドしようと思った(何故かウッドを振り回すのが邪道に思えたのだ)のだが、せめて4アイアンは入れるべきだった。

このシンプルさにさえ感動してしまう
クラブハウスを出て、エントランスロードを横切り、金網のフェンスで囲まれたコースへ。そこにはゴルフぁーにとっての純粋な楽園が広がっていた。

地上の楽園へようこそ
180度の視界。下半分がグラスグリーン、上半分がスカイブルー。その境目にピンと小ぶりのグリーン。わずかに神戸港が見える。高原の澄み切った空気の中、我々3人はしばし黙ってその光景に見惚れた。
この海と空に向かって打っていくスタートホールは170ヤード・パー3。わずかに打ち下ろし。私は7番アイアンを手にフルショット。いつものトホホたる私ならここでチョロでもしてコケるところだが、この日はおちゃらけナシである。芯を喰った感触を手に残してボールは空高く舞い上がり、やがて雲に重なって見えなくなったのであった。
しかしホールを重ねていくにつれ、ここがまさに自然の地形と戦うコースであることを思い知らされる。3番ホールは182ヤードしかないのに、パー4なのである。何故か?

矢印がピンの位置
写真では解りにくいが、とてつもない打ち上げなのだ。しかもおまけにグリーンは砲台。断面図を書くと、こんな感じである。

あっ、笑いましたね?そんなコース、あるわけないと思いましたね?誇張にも程があると思いましたね?違います。この絵は100%真実です。つまり、10月13日に紹介した、ここのウェブで書かれてあるイラストや文章は、全くその通りなのである。ちなみに私は5アイアンでフルショットしたが、7合目までしかボールが届かず、2打目をオーバーさせ、3オン2パットのボギーであった。恐るべき182ヤード。ここをワンオンするためには、7アイアンの高さで220ヤード打つ必要があるだろう。
しかし、このホールはまだまだ序章に過ぎなかったのだ。
第三章 ゴルフの原点
美味しい料理をお腹いっぱい食べているような、冬の寒い夜に熱いお風呂に浸かったような、くたくたに疲れ切った日に暖かい布団に潜り込んだ時のような、好きになった人と初めてデートしているような至福の時間が流れる。スコアなんてどうでも良いと本心から思えるラウンド。

今回我々に付いてくれた井上君。神戸大学工学部の秀才である
いくつもの丘を超えながら歩いていると、これがゴルフの原点だという思いがどんどん強くなってくる。ショートコースに近い距離しかない素朴なコースなのに、本当に楽しいのだ。「神戸ゴルフ倶楽部をラウンドしている」という先入観のせいもあるだろうが、一番大きな理由はコースがとにかく戦略性に富み、面白い事に尽きる。
ミドルアイアン(あるいはロングアイアン)の多用
高い技術を要求されるパーセーブとそこそこの難易度のボギールート
しかしほんの少しのミスがダブルボギーにつながるグリーン周り
とんでもない傾斜地からのショット
打ち上げ・打ち下ろしを考えた残り距離の計算
風の計算
砲台の、ごく小さな、それでいて止まらないグリーン
セカンド地点に行ってみないとライがわからないブラインドホール
オーガスタナショナルのように早いグリーン
ボールが120度曲がるライン
深いラフ
少ないOB
各ホールがはっきりとした個性を持ち、それぞれで味付けが全く違う。何度回っても飽きないコースであると思う。例えば7番ホール、260ヤードパー4。

どこに打つの?
このホールは、ドーム状になった丘に向かって打っていく。丘の頂上までは180ヤード。丘の手前はブッシュ、奥の斜面もブッシュ。丘を超えると下のフェアウェイが横向きに位置していて、グリーンははるか左の方である。下のフェアウェイまではキャリーで200ヤード必要。言葉で説明しても想像しにくいと思われるので、絵を描いてみる。

汚い絵でごめんなさい。もちろんこの絵も誇張ではない。
安全に目の前に見えるドーム状の丘へ打つか、それともブッシュに止まる危険を冒して下の段のフェアウェイに打つか。もちろん、ドーム状の丘に打った場合でも、ちょっとショートしたりオーバーするとブッシュに捕まってロスト必至。下のフェアウェイに打っても、距離が足りなければまたブッシュでロスト。ミドルアイアンの精度か、200ヤードのキャリーか。ちなみにワンオンは林越えで240ヤード先の30ヤード幅を狙う必要があるが、完全なブラインド。
そして例えば13番ホール。193ヤード打ち下ろし、パー3。打ちおろしをみて185ヤード先の、とんでもなく小さなグリーンを狙う。もちろん砲台グリーンで、奥は強い受け傾斜。その上はOB。今年のジ・オープンの舞台となった、ロイヤルトゥルーンの8番ホールパー3<Postage Stamp>を彷彿とさせる。

どこがグリーンか解りますか?
しかしここもボギールートは十分確保されている。パー3だが手前のフェアウェイは広く、多少左右に曲げても良いライから打てるようになっている。しかしワンオンしてパーを獲る、あるいは寄せワンでパーを獲るのは極めて難しい。そして、こういうパー3がずっと続くのである。
雲の上にいるような時間はあっという間に過ぎ、4時間弱で1ラウンド(スルーでラウンドできるのだ)こなした我々3人は昼食を取ることにした。
最終章 本物のゴルフ
昼食は、せっかくだしここでしか食べられないものを注文することにした。神戸といえば、もちろん洋食である。

メニューもシンプル
ここはやはりおすすめランチだろう。今日はタンシチューとの事。迷うことなく注文。カロリー計算が何だ!ダイエットなんてクソ食らえ!

いい仕事してます
これがまた、生涯食べたタンシチューの中で最も美味しかったのである・・・っていうか、すいませんちょっと見栄を張りました。タンシチューなんて高級な料理、今まで1回か2回ぐらいしか食べた事ありません。しかし私よりはるかに口が肥えた○やO谷先輩も「美味しい」といっていたので間違いない。フォークで刺して口に運ぼうとすると崩れてしまうぐらい柔らかく煮込まれたタンは、文字通り口の中で溶けていくのであった。ああ、幸せ。
時間は1時。日は高く、空はどこまでも青く、雲はどこまでも白い。当然の如くあと9ホールラウンドすることに決まった。今度はもう少し頑張りたいものだ。
しかし、普段から運動らしい運動を全くしていない私の足は、1ラウンドの山歩きで少しトホホってきたようである。おまけに足首の具合もすこし気になる。相変わらずボギーペース。

ラフはこんな感じ
そして我々一行が8番ホールまでたどり着いた時、事件は起こった。あれだけ晴れていた空が急に暗くなり、土砂降りの雨が降ってきたのだ。さすが山の上である。最低限の装備でラウンドしてきた我々は中断を余儀なくされた。8番ホールのティグラウンドに張り出した松の木の下で雨宿りする。冷たい雨である。

雨足の強さをご理解頂けるだろうか
我々プレイヤー3人はそれでもここをラウンドできるという内なるパワーから、濡れる不快さも寒さもへっちゃらである。しかしキャディの井上君にとって、この雨は大きなダメージとなったようだ。ウインドブレーカーが雨に濡れ、震えている。
15分ほどで小降りになりプレーを再開した我々であったが、8番ホールをホールアウトした段階でガタガタと震える井上君の体調を考えホールアウトすることにした。しかし風雨は冷たく吹き荒び、初夏の気候から一気に冬の気候へ変わった状況でプレーを続けていたら我々も風邪を引くところであっただろう。なんせ、一気に手がかじかんで動かなくなったんだもん。しかし、それも今となっては良い思い出である。
クラブハウスへ戻り、温かい風呂で生き返った我々はラウンドの余韻を楽しむかの如く食堂へ集まった。自家製ハニーレモン(冷えた体には最高に美味しかった!)を飲みながら、幸福な1日を振り返る。私は、自分が今までよりほんの少し謙虚に、そして敬虔な気持ちになっていることを自覚した。そして、この日のことは恐らく一生忘れないだろうと思った。

これは何かというと、紙のランチョンマットなのである。もちろん家宝なのである。
今回八方手を尽くしてお誘い下さったO谷先輩、メンバーとしてご紹介下さったO谷先輩のご従兄弟様、神戸ゴルフ倶楽部のスタッフとメンバーの皆様、そしてアーサー.H.グルーム氏と設立メンバーの皆様に、この場を借りて心からお礼を述べたいと思います。本当にありがとうございました。

アーサー・H・グルーム氏の銅像
結論。神戸ゴルフ倶楽部は(私の知る限り)日本で一番素晴らしいコースである。日本に住むゴルファーは、何とかコネクションを頼って神戸ゴルフ倶楽部を一度プレーするべきだと思う。ゴルフに対する価値観が一変する。いや、生き方がちょっと変わるといっても過言ではない。そして、ここをプレーして感動できないヤツは、即刻ゴルフを止めるべきである。
何故なら、本当のゴルフがここにはあるのだから。
追記
神戸ゴルフ倶楽部は、原則的に会員の紹介がないとラウンドできません。また、見学だけさせて欲しいという方がたくさん来られるらしいのですが、それも原則的にはお断りしておられるようですのでご注意下さい。
また、ラウンドされる方は山歩きするつもりで体調・準備を整え、飲み物やレインウェアなどを自分で持ち運びできる小さなバッグを持って行かれた方が良いと思います。杖代わりに傘を持参する方が良いかも(^^;。
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